2016年07月21日

罠にかかったマムシをお

罠にかかったマムシをお

むかーしむかしのことじゃった。山で大工をし
ていたおじさんが一人おった。ある朝のこと、
鶴が一羽、小道の脇で羽をばたつかせていた。
猟師の罠にかかってしまっていたようだった。
おじさんはやさしく声をかけながら、その鶴を
罠からほどいてやった。というのもその猟師は
実は、以前自分の女を寝取った野郎だったから
こうやっておじさんは朝早く起き出しては罠に
かかった獣をこっそり逃していたのだ。
その晩は吹雪いておったが玄関の戸をコツコツ
叩く音がするので出てみると、色白の若い女が
立っていた。道に迷ったのだと言う。細く長い
首や身のこなしからそれが今朝助けた鶴だとい
うことは一目瞭然だった。そうやって人の姿に
化けた獣が何らかの形で礼をしたくて訪ねてく
ることは珍しくはなかった。こないだなんか、
っかなびっくりほどい數學課程
てやったら、夜になって目つきの悪い男が一人
訪ねてきて、奉公したい、だなんて抜かすから
今は手が足りてると追っ払ったところだ。舌の
先なんかもうみごとに割れていて化けているの
がバレバレでそういう細かいことまで山の獣は
気にしないんだな、と感心さえしたものだ。
 
で、女は案の定自分のことをお鶴と名乗った。
芸がないな、とおじさんは苦笑しつつも女の素
朴さに目を細めた。
吹雪は治まらず、お鶴を一晩泊め、二晩泊め、
そのうち恋心が芽生え、まもなく二人は夫婦の
ちぎりを結んだ。
お鶴に頼まれ、はた織り機を作ってやると、一
晩で美しい布を織った。その布を町まで持って
行くと、それはいい値で売れた。お鶴はそのう
ち毎夜織るようになったが、おじさんに織ると
ころを覗かないで欲しいと口すっぱく言ったも
のだ。
禁じられると見たくなるのが人間の人間たる性
であり、鶴のお鶴はそのへんよく心得ていたの
だろう。
人に化けている昼間の姿もそれは美しかったが
鶴に戻った彼女の姿はこの世のものとは思えぬ
ほど美しかった。優雅に羽ばたきふわりと舞う
抜け羽で薄い無垢な布は織られていった。お鶴
がときおり流し目を少しだけ開けた障子戸の方
へよこすとおじさんは首をひっこめ、そんなこ
とをくり返しながらさらに互いに求め合う情を
二人は育んでいった。
 
ところが数ヶ月たったある日、お鶴が深刻な顔
でこう持ち出してきたのだ。
「しばしの別れとなります。実は私、もうあな
たはお気づきでしょうが渡り鳥なのです。一年
の半分は北の島で過さなくてはなりません」
開いたばかりの桃の花の香りが辺りには漂って
いた。
お鶴の決心は固く、おじさんが幾度説得しても
無駄だった。太古の声には従うしかないとのこ
とだった。



Posted by cids  at 12:48 │Comments(0)

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